チームの自己組織化を支援する役割として、「アジャイルコーチ」が近年注目されています。
2019年6月25日に、株式会社ヌーラボとギルドワークス株式会社の現役アジャイルコーチが、組織支援の経験や取り組みをお話しする「アジャイルコーチ。社内と社外の違いって?」イベントが開催されました。
社内から組織の改善を支援するアジャイルコーチと、社外の立場から組織改善の支援をする社外アジャイルコーチによって語られた、アジャイルコーチの仕事内容と求められる役割、スクラムマスターとの違いについてレポートします。
目次
アジャイルコーチって何するの?(社内編)
最初に登壇したのは、株式会社ヌーラボの中村知成さん。中村さんは1、2年前まではコーチ的な動き方をしており、イベントではそのときの経験をお話ししてくださいました。
▲株式会社ヌーラボ 中村知成さん
2006年にメーカー系SIerにエンジニアとして入社。2009年にヌーラボに入社。受託開発、Backlogの開発などに関わる。2016年より全社のスクラムマスター、アジャイルコーチとしての活動を開始。現在はBacklogの開発マネージャーとして全体と統括を中心に活動をしている。
小さな実験、経験主義が大切なこと
中村知成(以下、中村(知)):アジャイルコーチをする上で「継続的な改善や成長」を大切にしています。自分もチームも成長し続けられる環境を作りたいですね。
「小さな実験」と「経験主義」も僕がアジャイルコーチをする上でのキーワードです。小さな実験は、「失敗したらダメなのではなく、間違えてもいいから小さく始めてみよう」ということです。もし思うような結果が出なかったとしても、「思うような結果が出なかった」ということが立派な学びになります。経験主義は実際の経験を踏まえて考えるということですね。実際の経験で得たものが一番強いと思います。
アジャイルコーチとして使用するプラクティス
中村知成さんはアジャイルコーチングをするときによく使うプラクティスも紹介してくれました。
バーンダウン / バーンアップチャート
中村(知):見える化や経験主義といったところを大事にしているので、よくバーンダウンチャートやバーンアップチャートを使います。バーンダウンで引いたスケジュールが実現不可能だったら、どのようにスケジュールを引き直すかといった対策がすぐに取れます。
WIPの制限
中村(知):プロジェクトのどこかが詰まってしまっているときに攻め立てるのではなく、チームで助け合っていくような流れを作るようにしています。
インプットの仕方
中村(知):学びをインプットするために、他のチームのファシリテーターをしています。キックオフなんかはチーム外の人がファシリテーターをした方がチームメンバーが議論に集中できたりしますね。
他にも、コミュニティ、読書会、合宿、翻訳プロジェクト、研修なんかに参加しています。社外でのインプットはやらなくても日々の業務に支障はないんですが、やらないとジリ貧になっていくなぁと思うので、意識的に取り入れるようにしています。
社内アジャイルコーチQ&A
中村知成さんの発表後に参加者からもらったQ&Aをご紹介します。
−アジャイルコーチとマネージャーはどのように違うのでしょうか?
中村(知):コーチはあくまでチームがよりよく進むようにサポートする役割で決定権はありません。一方、マネージャーはチームや組織をまとめて決定する役割です。
−どうしてアジャイルコーチをやろうと思ったのでしょうか?
中村(知):最初は自分が関わってたチームのコーチになりました。メンバーの増加といった環境の変化に伴い、1メンバーという立ち位置から俯瞰的にチームを見るほうがいいだろうと判断したことが理由です。
−アジャイルコーチとしてのミッションは何ですか?
中村(知):チーム自身が成長して、うまく回るようにするのがミッションですね。チーム自身で効果的な決定が出るように補助するのが役割です。
−スクラムマスターがアジャイルコーチのような役割を果たすのでしょうか?
中村(知):ヌーラボでは、がっつりスクラムでやっているチームはそう多くなく、スクラムマスターも多くはいません。スクラムにこだわらない形で、コーチとしてチームの支援をしていました。
−アジャイルコーチの依頼が多くてマネージャー業務が回らないことはありますか?
中村(知):現時点では、メンバーも基本的には私にマネージャーとしての役割を期待しています。ですからコーチの依頼が殺到してしまうようなことはないです。
−初めてアジャイルコーチになったときにメンバーとの間に壁を感じましたか?
中村(知):特に感じませんでした。ある日いきなりコーチになってわけではなく、少しづつコーチの役割をするようになったからだと思います。それに、それまでも全体を見る役割をしていたので、メンバーもそこまで違和感がなかったのだと思います。
アジャイルコーチって何するの?(社外編)
続いて登壇したのは、ギルドワークス株式会社の中村洋さん。洋さんには社外からのコーチという観点でアジャイルコーチの役割と業務内容についてお話しくださいました。
▲ギルドワークス株式会社 中村洋さん
「正しいものを正しくつくる」がミッションのギルドワークス株式会社に所属。認定スクラムマスター。これまで現場コーチとして、28社、55チームの改善に関わる。
社外アジャイルコーチの仕事の進め方
中村(洋):定期的に訪問するクライアントは3から4社ほどでしょうか。事業会社が多くて、地域で言うと東京が6割ぐらいです。クライアントには最初は最低でも週1日ぐらいは訪問させてもらえるようにお話します。というのも、たまにしか訪問に行かないとチームの変化ややったことがわかりづらく、「たまに来ていいこと言う人」くらいしかできることがなくなってしまい、チームとの距離が遠くなるんですよ。
1つのクライアントは期間だと大体1〜2年、長いところだと3年半関わったクライアントもいますね。期間中同じチームだけを見ているのではなく、違うチームを見ることが多いです。
中村(洋):開発チームのコーチとして関わることが多いですが、企画やマーケ、営業といった開発チームに隣接するチームを支援したりすることも多くあります。
少し変わった例だと、「何のために働くのか分からない」というバックオフィスのチームに「現場が気持ちよく働ける環境を作る」というゴールを導いたりとか。カスタマーサポートの「お客様の声がプロダクトチームに届かない」という悩みですとか、採用の「現場のニーズに合った人が選べない」という悩みに関わったこともありますね。
社外アジャイルコーチの1日の過ごし方
社外アジャイルコーチの洋さんの1日の過ごし方は、スクラムイベントへの関わりを主に行なっているそうです。
中村(洋):メインはスクラムイベントへの関わりです。やり取りを観察してフィードバックをしたり、レクチャーやディスカッションをします。
その他、メンバーが学びたいことをテーマにディスカッションやワークショップを開いたり、スクラムマスターやプロダクトオーナーからの相談を受けたりもします。何人かで集まってゆるいディスカッションや1on1もやりますね。
インプットの仕方
中村(洋):主要なカンファレンスにはできるだけ参加するようにしています。が、カンファレンスそのものも大事なのですが、カンファレンス後に他の参加者と深い話をすると得るものが多いですね。その他、他のコーチとの1on1や他の現場での経験もインプットとして貴重です。違う役割や、業界の話を聞くのも有効です。例えば、ユーザー体験を見つける専門家の話を聞いてみたりとか。
目指すのは「コーチがいなくても自走するチーム」
28社、55チームの改善に関わってきた中村洋さんがコーチングをするときに目指すチームとして、「コーチがいなくても自走するチーム」を掲げていました。
中村(洋):私がコーチをするときに目指すゴールは大きく2つあります。1つ目はアジャイルな考え方や価値観をもって自己組織化したチーム。もう1つはコーチがいなくても自走するチームです。
気を付けていることはの1つは「学びの最大化」です。学びを最大化させるにはどうしたらいいか?学びを阻害しているものは何か?ということを伝えるようにしています。もう一つは「素早く実験を繰り返す」ことです。「失敗してもいいからやってみよう」と心理的ハードルを下げて、実験しやすい雰囲気を作ります。
アジャイルコーチの役割はあくまでも知見を与えること
中村(洋):コーチの役割は開発プロセスの知見を伝えたり、課題解決のアイデアを伝えることです。あとファシリテーターの役割だったり、なにか新しいことを始めるときの最初の仲間というか相談相手みたいな役割も期待してもらっていいですね。
逆に期待されても困るなぁっていう役割もありまして。チームがうまく進むいい感じの道具を下さいとか、全部決めてくださいみたいな丸投げはちょっと違うかなぁと思います。よくコーチに任せれば全てがうまくいくと勘違いされている方がいるのですが、あくまでも何を選んでどうやっていくかを決めるのはチーム自身です。
社外アジャイルコーチQ&A
−自分のなかではチームの理想形があるが、クライアントはあるべき姿が見えていないことがあります。関わり方が難しいです。
中村(洋):「私ならこうしますね」ぐらいのやんわりとした言い方で知見やアイデアをお伝えしますね。自分の中で期限を決めておいて、それまでにチームがどう動いているのかを確認しています。
−コーチをする上で大事にしていることは何ですか?
中村(洋):「実験と学びをすばやく繰り返す」ということを大事にしています。不確実なことが多いので、まずはやってみないと何もわかりません。
クネビンフレームワークという考え方があるんですけど、その中で「単純」「煩雑」なことは訓練すれば出来るようになるんですが、「複雑」なことは分からないことが多いとされているんです。
「変化の触媒」になれたらいいなというのもありますね。私がいることで、チームが実験しやすく、学びを多く得られるといいですね。「視座の変化と越境」ということもよく伝えます。違うチームや部署の視点で物事を見てみようということです。プログラマーだけど、デザイナーチームに提案をしてみる。企画にユーザーに会いにいこうと言ってみる。みたいなことですね。
社内・社外のアジャイルコーチのパネルディスカッション
中村洋さんのセッション終了後は、パネルディスカッションが行われました。社内と社外のアジャイルコーチの違いや難しさについて語られました。
社内のアジャイルコーチと社外のアジャイルコーチの難しさはどう違うの?
中村(知):社内コーチだとだとあまり上から目線で偉そうなことが言いづらいなぁと言うのはありますね。社外だとどういったことが難しいですか?
中村(洋) :社外から参画すると、最初は分からないことが多いです。よく観察して自分の中で解きほぐしていきます。あとこのチームだけ見て!という依頼はお断りすることもあります、1つのチームだけでプロダクトづくりが行われるわけではなく、そのチームだけに問題があるということはほとんどないからです。
メンバーからはどのように相談を受けますか?
中村(知):自分から聞きにいきますね。社内で情報がオープンになっているので自分で取りにいっちゃいます。能動的に動くようにしています。
中村(洋):「コーチをやってくれないか」という相談は、会社のサイトやイベントで受けることが多いですね。一度訪問に行って、ヒアリングをして受けるか受けないかお互い見極めて決めます。現場に入っているときは、他のチームのコーチからも相談を受けたりします。どのメンバーからも見える位置に座って、相談がしやすいように心がけています。
当初と期待値・やることが異なってきたときはどうしますか?
中村(知):私の経験だと、コーチからマネージャがメインの仕事になっています。柔軟に対応はできるし、やらざるを得ないですよね(笑)。逆にいろいろ経験できると前向きに捉えています。
中村(洋):私だと、開発チームを見てて、「他のチームをみてほしい」という依頼が来ることはよくあります。学びができる状態だと思って行ったら炎上中の現場でそれどころでなかったということもありますね。自分が詳しくない分野のときは、別のコーチを紹介したりすることもあります。コーチは成果が見えにくい仕事でもあるので、期待値の調整はシビアにするようにしています。
現場のリアルな声を聞いてみよう!
最後に参加者からのQ&Aが行われました。今回の参加者はスクラムマスターをやられている方が多く、Q&Aの内容も自然とスクラムに関する質問が多く見受けられました。
スクラムマスターが機能してない!そういうときはどうするの?
中村(洋):まずはスクラムマスターと1on1をしてみて、プロダクトオーナーやチームメンバーにも話を聞きますかね。ときどきスクラムマスターの代理をしてみて、メンバーに感想を聞くのも効果的かもしれません。
社内でスクラム開発をやりたいという要望がある。コーチとしてどう関わったらいいの?
中村(洋):まず「なんでスクラムやりたいの?」という確認はしますね。なんでもかんでもスクラムにすればいいってわけでもないので。コーチが関わってうまくいかない例がいくつかあります。
1つはコーチへの期待値のすり合わせができてない場合。コーチはあくまでもインプットをする役割なので、アウトプットを求められると齟齬が起きてしまいます。もう1つはステークホルダーが変化しようとしない場合。ステークホルダーの人に「ボトルネックが自分だったら変わろうとしますか?」という問いかけをして、答えがNoだったやらない方がいいです。
まとめ
イベントは、現役のスクラムマスターからの質問も活発に飛び交い、アジャイルコーチとは?何をするのか?という疑問を解決することができたため、「ためになった」「もっと勉強したい」というお声をたくさんいただきました。
ギルドワークスでは月に1回、主にギルドワークスの価値探索、開発、コーチの事業の話、また様々なプロジェクトで得た知見をお話するイベントを開催しているそうです。興味のある方はぜひ参加してみましょう!
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